武山忠司。1979年岐阜生まれ。武蔵野美術大学卒業。仕事は沖縄と東京でウェブとデザインとイラストの株式会社机(沖縄 デザイン)やってます。お仕事のご相談24時間365日受付中。

2004年11月30日 (火)

INCAHUASI

●360°見渡す限り真っ白な塩の海の中をランクルで走る。1月か2月の雨期まっただ中にこればこの塩の表面に数センチ水が張り、鏡のようになるらしい。塩のホテルで見た写真はフォトショップ顔負けのCGの様な景色だった。それもかなり見たい。
INCAHUASIというウユニ塩湖に浮かぶ島へ。サボテンが一杯。

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●サボテンは一年に1〜2cmしか伸びないらしく、ここにあった最大のサボテンは15m。つまり1500年サボテンやっているらしく、それは結構長い時間だと思う。屋久杉は数千年でたいそうもて囃されているが、このサボテン達ももう少し。

●その島の後は、ウユニ塩湖を抜けて土の未舗装道路(とすら呼べない)を走ることになる。ウユニ塩湖の中はよかった。F1とかこういう感じなんだろうな、というくらい何の凹凸もないその道は、間違いなくボリビア中の道路の中で一番だわ。

●塩湖を抜けてしばらくすると、このツアー客だけで成り立っているというような村に到着。今日はこの町に宿泊らしい。宿のすぐ横ではリャマが放牧されている。リャマはラクダの種類に属するらしいのだけど、けっこう臆病な動物だ。その臆病っぷりがかなりいい。近くによっていくとあからさまに逃げるのではなく、なんとなく「あ。用事を思い出したわ。」と言った感じでそそくさと場所を移動する。そしてその何かを訴えているような物寂しげな瞳と長い睫毛の虜になる。でも臭い。
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投稿者 ta : 19:07

2004年11月29日 (月)

塩のホテル

●ツアー1日目。夕方集合。昨日行ったばかりの列車の墓を通ってからウユニ塩湖へ。真っ白です。雪かと勘違いしがちですが、これは塩です。塩湖に入ってすぐのところにある塩のホテルへ。岩塩を削りだして作ったブロックを積み重ねて作られている。そのブロックのつなぎとなっている白い物も塩だと言うのだけど、どうみても漆喰にしか見えない。漆喰だろこれ。それでもこれは塩のホテルです。
まだ雨期に入っていないので、塩湖は干上がっている。そしてその乾いた塩の固まりが繋がって、何故か蜂の巣状の模様を作り出している。なんでこんなことになるのかは、今週の世界不思議発見をみればきっと問題になっているだろう。だって全然分かんないから。

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●今日はこのホテルに泊まって終わりなので特にすることがない。塩湖の真ん中でボケとする。夕日のインターバル撮影にトライするも、夕日の沈むポイントの予想が見事に外れる。

●そして夜。もう全く素晴らしい星々。そして生まれて初めて月の出をみた。

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そして深夜。デジカメの長時間露光で遊ぶ。僕のカメラで僕のライトなのに、なぜかKちゃんが作った文字が一番きれい。くやしい。しかもこの「ウニユ」という文字を決めたのは私。なんて芸がないんだろう。
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投稿者 ta : 20:29

2004年11月28日 (日)

列車の墓

●なんなら一泊もしないですぐにウユニ塩湖のツアーに出てしまう人が多い中、ウユニ2日目。Kちゃんは今日の夕方到着ということなので、明日出発するとしても3日目必至。

●することがない。
ラ・パスで何故かVCDがもう買えた「2046」観たりする。キムタクがカンヌの赤絨毯を歩いたのが話題だったこの映画。赤絨毯を歩いたものの「あすなろ白書」から何も変わっていないというのは、ある意味すごい。途中でストーリーが追えなくなってしまった。これって結局トニー・レオンの恋愛白書か。なんかうやむやにされた感が強い。
郵便局を探して行ったり来たり、見つけたものの昼休み。1時から2時半、昼休み長すぎだボリビア人。で、町をブラブラしてたらラ・パスの宿で一晩一緒だったSさんにバッタリ遭遇。岐阜出身ということで覚えていたのだけど、この人はよく話す。ちょっと木陰で座りませんかと誘いに乗ったが最後、木陰で1時間くらい話が続いた。あ。郵便局が開くよ。

●町の外れにあるという列車の墓を観に行くことにする。町のはずれって言うか、完全に町の外。ウユニはやっぱり小さい町だった。15分あるいたらもう地平線が広がっている。3km程先にあるという列車の墓を目指して歩く。野犬が怖い。到着。名前の通り、列車の墓だった。

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●帰り道、ぬいぐるみのような犬が死んでいる。

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●夕方、Kちゃん到着。塩湖の中にある塩のホテルに泊まれるというツアー会社へ。そのままチリに抜けるプラン全て込みで3泊4日$65。いろんな情報を総合するにまあいい値段でしょという訳でここに決定。オフィスのおばちゃんに「一緒にツアーに行くオランダ人はラ・パスで申し込んで$100払っているので、絶対に値段を言うな。」と言われる。そんなんばっか。値切るのは日本人とイスラエル人くらいか。
いつの間にか日本に帰っているらしいKJ情報によると、来週の世界不思議発見はウユニらしい。そういえばラ・パスあたりでウユニで撮影クルーに会ったっていう話を聞いたな。なんて旬!世界不思議発見と見事にシンクロなんて、いきなりこの旅行がオシャレ旅行に様変わりしました。やったー!まあほんとのところは不思議発見にあわせてこれまでスケジュールを組んできた訳ですが。そんな訳でツアー行きます。

投稿者 ta : 20:28

2004年11月27日 (土)

ウユニ

●ウユニの町は道幅が異様に広い。
ここはウユニ塩湖に向かうツアーの為の中継地点でしかないので、町自体に見るものもない。端から端まで歩いて30分もかからないんじゃないか、っていうくらいの小さな町。でもこの無駄に広い道幅や、声を掛けてくると思えば10人中10人がツアー会社の人間というここは、ちょっとよい雰囲気の町。町の向こうには地平線が広がっている気配。気配というか何も見えないし。

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それにしてもツアーの話を聞くために数件ツアー会社を回ったのだけど、そのときに泊まっている宿の名前を教えてしまったのはまずかった。昼寝していると、ドアをノックする奴がいる。扉をあけてみると、先ほど訪ねたツアー会社の人間だった。殴るよ。わざわざ宿の部屋まで押しかけてきて、ツアーセールスかよ。スパムメールもそうだけど、こちらはこんな迷惑かけられてるのにわざわざその腹立たしいツアー会社を選ぶとでも思ってるのだろうか。俺の昼寝を邪魔したそのツアー会社は絶対使わん!

●で、特に何もすることがないウユニでダラダラのんびりと、ツアーに一緒に参加しようと約束したKちゃんを待っている。とりあえず一人で欧米人に混じってツアーに参加するのは寂しい。特に南米はスペイン語圏のバックパッカーが多いので下手したら3泊4日言葉が通じないという状況が考えられる。これは心細い。もしウユニで「南米一人旅行のかわいい日本人女の子パッカー」に出会ってしまったらKちゃんを置いて先にツアーに行くことも考えられるが、これまでの一ヶ月近くの行程を考えるとその可能性は殆どゼロに等しい。おとなしくKちゃんを待つ。洗濯したり昼寝したり。
と、桝野さんイラストの来月のお題が来る。夢。むずかしいな。今日明日でゆっくり考えよう。そういえばジャニスウェブも年末長期レンタルだから、カレンダーの更新がいつもと違うと思う。Yさん土日休みだからメールチェックしないだろうし、困ったな。

投稿者 ta : 18:18

2004年11月26日 (金)

源泉をさがして

●ポトシから25km程のところにあるタラパヤという村へ。
この村は温泉があることで有名なのだけど、そのツーリスト向けのプールの様な温泉には目もくれない。そこから山を1時間ほどトレッキングすると源泉近くで川の水と混じり合い丁度よい頃合いの滝壺があるらしくただひたすらにそれを目指す。この情報は地球の歩き方に載っていたのだけど読者投稿なので詳しいことが全く分からない。ただ1時間歩け!としか書いていない。そしてただ1時間歩いたものの、それらしいものは一向に見つからず。乾ききった川の跡は幾つかみつけたものの、まだ雨期が始まっていないからか、源泉と川が混じり合った滝壺なんて一体どこ?
約2時間経ったところであきらめて、クタクタになって山を下る。
すると、古いレンガで作られた囲いを発見。中は見えないのだけど、囲い越しに湯気がふわふわとたち上っている。囲いの中をのぞき込むとこれぞ源泉!硫黄の臭いと湯気が混じり合ったその雰囲気はまさに温泉そのもの。その池に手を入れてみるとかなり熱い。入浴無理。その源泉から少し下ったところにこれもまた古めかしい湯槽発見。今度はちょうどいい湯加減。はいりまーす。ちょっと汚いのだけど、我慢。すると、その浴槽ちかくの掘っ立て小屋から男が出てきた。それはあきらかにファンキーなオヤジだ。ファンキーすぎて写真撮るのを忘れた。彼は、あたかも自分が管理人の様ないいっぷりで「入浴料1ボリ」と言ってくる。絶対にこいつは管理人じゃないが、1ボリだし。払うよ。
日陰になるところが全くない岩山の中腹にある露天風呂。小一時間つかっただけで背中が焼けた。痛い。

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で、大満足で帰路につくも、小山をひとつ超えたら、先ほど目もくれなかったツーリスト向けの温泉プールが。ここもまた誰も目もくれないツーリスト向けの露天風呂だと気が付く。

●夜、夜行でウユニへ。もっとポトシでダラダラしたかった。しかしいや急がねば。
でも急ぐんじゃなかったよ。と、バスに乗ってから後悔する。隣がインディヘナの母親と赤ん坊だった。隣どころか、最後尾5座席とその前2列の8座席、計13座席しかないはずなのに何故かそこには20人は居る。なんでこんな場所に席とってしまったんだオレ。うるさい。挙げ句には、僕とそのインディヘナの母親の間に寝ている子供がおねしょするし。くさい。こっちも負けじとおねしょしてやろうか。
なんて状況だったにも関わらず気が付いたら寝ていた。午前3時ウユニ着。くそ寒い。

投稿者 ta : 19:55

2004年11月25日 (木)

ポトシ

●朝、ポトシの町外れにバス到着。車の下部に預けておいたバックパックを順番に受け取る為に列に並ぶ。
あれ?ないよ。僕とKちゃんのバックパックだけない。
あれ?ないよ。僕とKちゃんのバックパックだけない。
バックパックの受け渡しをしているバス会社の男に問いただすも、何言ってるか全然わかんない。あげくは俺らをおいて走り去ろうとするバス。おいおい。いそいでバスにかけ乗って車を止める。その荷物受け渡しの男はつっけんどんな嫌な奴なのだけど、運転手はそうでもなかった。こっちが出した辞書片手にちゃんと事態の説明をしようとしてくれる。
で、辞書を指さしたところにある言葉。
「間違えた」
説明になっていない。いや。そりゃ何かの間違いであることはバックパックが今手元にないことから容易に判断できる。ここで「正しい」なんてところ指さされてもこっちももっと困るよ。で、さらに詳しく話しを聞くと、同じバス会社で同じくポトシに向かったバスの方に荷物が載っている可能性が高い、ということ。そのバスが着くまで1時間近く待たされる。待っている間にまた逃げようとしたら嫌なので、バスの鍵を預からせろ、と言ってみるも断られる。で、そのバス到着。ドキドキしながらトランクルームを開けると、ありました。そこに俺らのバックパック発見。もう日は昇っていたのだけど、そのトランクルームが開く瞬間ほどマイ・バックパックが輝いて見えた時はなかった。よかった。

●なんだかんだで異常に疲れる。この町では今なにかイベントがあるのか知らないが、宿もなかなか空き部屋見つからない。くたくたになってとりあえず宿みつける。まだ朝8時。標高4000mにあるその町は世界最高高度に位置する都市らしい。そりゃ疲れるよ。ラ・パスでもくたくただったのにそれ以上。

●その上、なぜかその足でそのまま鉱山ツアー。16世紀に銀鉱山が見つかってから一気に発展したというポトシには、いまでもその名残をのこす鉱山があり少人数ながら働いている人達がいる。その鉱山の中、採掘現場などを見学するツアーに参加。別にそんなたいしたことないだろうと、朝飯も食わず参加したらさあ大変。死ぬかと思った。

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とりあえず長靴から工事用ユニフォーム、ヘルメットにヘッドライト一式に着替えさせられる。そのままトンネルの中へ。ただでさえ空気の薄い海抜4000mの上に鉱山のトンネル内は進めば進むほど空気が薄い。粉塵と鉱物の匂いもひどい。さらにはしごを上ったり降りたり、高校の部活以来の苦しさ。ココで生まれ育っただろうガイドのおばちゃんは、そんな僕の様子などに気が付くわけもなくどんどん先へ進んでいく。
そしてそんな中で働いている人がいる。コカの葉を口いっぱいに頬張りながら、鉱物混じりに泥水とツーリストのストロボで全身ボロボロになりながらも何も言わずにただただ動く人たち。その鉱夫達のすぐ傍らにどこからともなく現れた高田渡が「鉱夫の祈り」を歌い出した。泣ける。

koufu
で、パフォーマンスのダイナマイトがドーンッ!ドーンッ!ドーンッ!と十数発。
ウーファーを積んで六本木を走る車がどれだけ集まっても敵わないその衝撃はかなり恐ろしい。

●くたくたになって宿にもどる。寝る。

投稿者 ta : 19:41

2004年11月24日 (水)

のんびり出発

●昼間、ネットカフェ行ったり、お土産屋のぞいたり、アイス食べたり、チーズケーキ食べたりする。大好物になったアレキサンダーコーヒーのチーズケーキも今日で食べ納め。いい加減にラ・パスを出発するのです。一週間近く居てしまった。そりゃ長期旅行の人にとっては一週間なんて何のことはないのだろうけど、短期旅行者にとって一週間はかなり痛い。ああそれにしてもラ・パス居心地良かった。ボリビア御飯はまずいのだけれど、中華とか韓国料理とか普通にうまかったし。宿の人もみんな面白かった。

●夜、300kmほど南にあるポトシという町に向かう。Kちゃんと夜行バスの旅10時間。夜景も見納め。

投稿者 ta : 20:26

2004年11月23日 (火)

発送だけでもない

●出発しようと心に誓っていたのに気が付いたら無為に一日おわっていた。
それもこれもポストオフィスのおばちゃんがいけない。
一昨日、昨日で買い集めたお土産がちょっとバックパックに入るような量じゃなかったため、日本に発送することにしたのはいいのだけど、そのポストオフィスのおばちゃんがいけなかった。異常にいばっている。ちゃんとパッキングして運んでいった荷物を全部出せと言う。まあ税関をかねているので違法な物を送ったりしないようにするためだろうから、それはまあ分かる。でもその出し方がいけない。プレゼント用にちゃんと綺麗に袋に入っていたセーターまでもが何の躊躇もなく破った袋から取り出され、なおかつもみくちゃにされてこちらに投げかえされるような有様。いくらなんでも頭に来たのでちょっと小声で「気をつけろよ」と口に出してしまったが最後、おばちゃん切れたよ。動かしていた手を止めこちらをにらみ返してくる。スペイン語なので何言ってるか分かんないが、
「アタシはポリスよ!文句あるんだったら荷物まとめて帰れば!」
みたいな感じだった。クゥ。キュゥ。ゥゥゥゥ。むかつくー。
「ありがとうございます。」
と言っておいた。だってそれしか言えないのだもの。こんな時にスペイン語がはなせれば!もっと勉強しよう。そしてあのおばちゃんにリベンジするためにラ・パスに戻ってくる!と心に誓う。って、戻ってくる為にはとりあえずラ・パスから出なければいけない。

●夜、MさんがDJするというバーに飲みに行く。もう「デスペラード」か「フロム・ダスク・ティル・ドーン」の悪役まんまの強面の長髪タトゥーメキシコ人がいた。もうすんごい怖い。でも意外にいい奴。写真は撮らせてくれなかったけれど。
トイレ、便器の間が異様にせまい。

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投稿者 ta : 19:05

2004年11月22日 (月)

ジャニス会員

●物欲爆発2日目。宿の近く、サガルナガ通りのお土産物やさん巡り。エル・アルトほどではないにせよ安い安い。安いよー!お土産は全てボリビアで買うことにする。指人形が相当あつい。

●なんだかんだでラ・パス滞在が延びている。いい加減、明日には出発しなくては。時間がなくなる。
といっても、もうパタゴニアとか全然無理なんです。パタゴニアどころかブエノスアイレスも無理。こういう場合、いつもなら飛んででも行ってしまうのだけど、南米は飛ばずにまわりたいので次回に持ち越し。そんなこといって次回っていつだ?

●シャワーの湯量の問題で髪の毛があまりにうっとおしいので頭まるめる。ラ・パスに着いたときから、頭丸めるならココって決めてた床屋がある。宿のすぐ前、「UNISEX」という名前の床屋。ユニセックス?どういう意図でそんな名前を付けたのか全く分からないくらい店内はユニセックスとは程遠い。嬉しそうに刈るんだ。ユニセックスのおやじは。

バリカンの持ち方が間違ってる。やけに力強い。

lapaz unisex

宿に戻ると、宿の子供もママに髪の毛切られていた。偶然ですね。かわいいね。
同じ散髪なのにこの違いは何だ。
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●で、ジャニスの会員に会った。4年前から会員だというHさん。驚いた。もしかしたら接客してたかも。まさかボリビアでジャニス会員に会おうとは思いもしなかった。意外にジャニスがインターナショナルだと分かったラ・パスの夜。夜景が綺麗。

lapaz nightview

投稿者 ta : 19:43

2004年11月21日 (日)

エルアルト

●ラ・パス郊外のエルアルト(ダウンタウンを囲む標高の高い地域。貧民街。)では毎週木・金と市がたっているらしく、それに行く。目当ては古着市。なんでもゴアテックスのジャケットやらもろもろが破格でゲットできるらしい。ここまではほぼ完璧に物欲を抑えてきたのだけど、もう無理。だってゴアテックスのジャケット40Bs(500円くらい)とからしいのです。

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●おそろしく広い敷地、というか町全体の中に無数に露天が並んでいる。車のネジからウサギまで。売っていない物はないんじゃないかしら。古着市の一角だけでも東京ドーム以上の広さがあるらしい。山積みにされた古着は95%は、ボロボロに着古されていたり、理解不能のデザインだったりするのだけど、残りの5%が相当あつい。それを探すのにもう必死。しかしさすがに2時間くらいでもう疲れてきた。だって富士山の上で古着あさっているようなものなのだから疲れてもしょうがない。
気が付いたらバックパックは一杯、さらに両手一杯のビニール袋。
本日の品:
・ジャケットx6
・Tシャツx5
・長Tx2
・ズボンx1
サイズがなくてゴアテックスはゲットできなかったのだけど、これだけ全部で3000円くらい。
物欲が爆発した。

うわーい!

来週の木曜も行きたくなる。ああどうしよう。こうやって人はラ・パスに溺れていくんか。こわいこわい。

投稿者 ta : 19:25

2004年11月20日 (土)

動物園とナイトライフ

●昼、バスでラ・パス郊外へ。月の谷という、なんでもまるで月面のような地表になっている観光スポットへ行く。いや、まるで月面のような地表だ。どちらかと言うよりは、月の谷のすぐ横にあるスタジアムで行われていた草サッカーの試合や、その月の谷の少し先にある動物園の方がよっぽど面白い。

●草サッカー。もしかしたら草サッカーじゃないのかもしれない。爆竹はなるわ。閑散とした観客席で踊ってる人はいるわ。草サッカーでこれだったらプロだったらどうなるのかしら、とそういえば自殺点して殺されたコロンビア選手がかつていた。たしかアメリカワールドカップ。

football

●動物園。無駄に広い敷地。地元のボリビア人もいるのだけど、彼らの園内における動きを追う限りそれほど動物に執着していないように思える。動物園なのに。公園でアスレチックに興じていたりバギーにのって遊んだり果てはなんかただ芝生で疲れている、といった人たちの数の方が、動物の檻を見て回っている人よりもはるかに多い。そういうわけで園内はやたら閑散としている上に、今日はとても日差しが強い。この暑い昼間ほとんどの動物はもちろんグダグダに寝ている。動きがあったのは猿くらい。にしてもピューマみたりコンドルみたり。うごいてないけど強そうでいい。入口もよかった。今日はこれの隣のライオンの方から入った。目の部分が開くのです。
zoo

●で、夜。サタデーナイト。

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投稿者 ta : 19:43

2004年11月19日 (金)

チーズケーキ

●ラ・パス2日目。
京都の友達U夫妻がハネムーンでメキシコ・カンクンに来るということが分かった。あわよくばスウィートの玄関マットに泊まれるかもしれないということで、カンクン行きのエアチケットを探す。安かったらカンクンに飛ぶ。旅行の予定は急に変わるものなのです。ボリビアーノ航空オフィスからそのあたりの代理店数社をまわる。チケットはとても高かった。どうやらカンクンには飛べなさそうです。旅行の予定は急には変わらないものです。

●今日もまたアレキサンダー・コーヒーへ。チーズケーキとコーヒー。胃がもたれるくらい濃厚かつ巨大なチーズケーキがとてもうまい。

cheesecake

●そんなこんなで代理店まわりながら街散策。ラ・パス面白い。宿がある旧市街から新市街までで町の様子が徐々に変わっていく。アジアからヨーロッパ。インディヘナからアングロサクソン。

投稿者 ta : 19:29

2004年11月18日 (木)

ラ・パス

●昼、バスでコパカバーナ出発。
途中チチカカ湖を渡らなければいけないのだけど、バスも専用渡し船にのって湖を渡る。なぜか乗客は別の小舟。どうせどちらも沈みそうなのだからいちいち乗客だけ別にしなくてもいいんじゃないかしら。

bus titicaca

●約四時間でラ・パス到着。大都会です。びっくりです。すり鉢状の町は標高が高い周囲が貧民街。すり鉢の底に位置するダウンタウン、サンフランシスコ寺院の近くの宿へ。ここでもまた情報ノートを頼りに得た情報で情報ノートがあるというサンタクルズという宿。クスコで会ったOちゃんやBさんに再会。どうもどうも。

la paz

●早速、うまいと評判のアレキサンダーカフェのチーズケーキ食べに行く。うまい。コーヒーも普通にドトール並みの味がする。

●夜、宿のみなさんがペーニャに行くというので一緒に行く。一度くらいは観ておかないという義務感。フォルクローレのディナーショウみたいなものでしょうか、これは。国宝級の人物だという何とかとかいうおじさんは、どうみてもサボテンブラザーズにしかみえないし。フロントアクトのバンドの笛を吹く人はどうみてもポカスカジャンの人にしかみえない。これがペーニャか。なんかベンチャーズの中年コピーバンドのようなノリにしかみえない。

ペーニャ

投稿者 ta : 18:22

2004年11月17日 (水)

ボリビア

●ボリビアに向かう。プーノからローカルバスでユングーヨへ。国境まで人力タクシーのるも、結局坂道に力尽きた運転手とともに一緒に車を押すことになる。その上、余計なチップを要求してくる運転手。殴るよ。

コパカバーナ

●国境こえて、ボリビア側の国境の町コパカバーナへ。なんかペルーと雰囲気ちがう。ヒッピー率が以上に高い。野犬率も高い。相当こわい。よだれダラダラの狂犬病ウィルスをもっていると思しき犬もいる。勘弁して欲しい。小さい町をブラブラしてると、プーノで一緒だったKちゃんに遭遇。どうもどうも。コパカバーナの宿、Hostal Florenciaは相当よい。おばちゃんがいい。夕日もいい。

コパカバーナ

投稿者 ta : 19:07

2004年11月16日 (火)

タキーレ島

●ステイさせてもらった家族にさようならをしてから、タキーレ島へ。ここでもひたすら歩かされる。もう疲れたよ。歩きたくない。でも船は僕らをおろしてから島の反対側で待機しているのでそこまで歩かないと船にのれない。

●白人はもう小銭ばらまいてポーズをとらせてインディヘナを撮りまくっている。もうちょっとソーラーパネル仕掛けの民族衣装にも食傷気味。

titicaca

●で、プーノにもどる。大忙しのツアーでした。つかれた。

●プーノでの夕飯はもっぱらチキン。スープもまたうまい。

投稿者 ta : 19:00

2004年11月15日 (月)

ウロス島、アマンタニ島

titicaca ●クスコから同じバスでプーノの来たMさん、Kちゃんとチチカカ湖に浮かぶ島を巡る一泊二日のツアーに参加する。35sol。 最初はウロス島という島に行く。島というか、ウロス島はトトラという名前の葦によって島自体が作られている。あんな細い葦を集めて人が暮らす島ができあがるということがよく分かんない。とりあえず重ねていけば人が住めるようなおおきい島ができあがるっぽい。一番大きい島では1600人とか住んでるとか。多分それぞれのツアー会社ごとに行く島が決まっていて、そこには子供から老人、トトラ船からトトラの家まで一通りそろっている。なにかを鍋で煮ていたり、トトラで何かを作っていたりするのだけど、それらがどうもうさんくさい。うさんくさいっていうか、観光ツアーでした。トトラのみで全てができあがっている島の横にはトタンで出来たバラック風の家が建ち並ぶ島もあり、その家の屋根にはなんとソーラーパネルが備え付けられている。となると、このインディヘナのみなさんもやはり毎朝、会社に出勤するようにソーラーパネルの家からトトラのみの島に通って観光客相手にパフォーマンスしているのだろうか。じゃあやっぱりこちらとしてもトトラのみの家よりもソーラーパネルの方の家の中を見てみたいのです。

そんなこといってもトトラで出来たトトラ船の乗り心地はとてもよかった。水面を流れるのです。

●その後、アマンタニ島。この島に住むインディヘナの家にホームステイ。広場に行くと、ステイ先の家からそれぞれインディヘナの女の人が迎えに来ている。このツアーに参加している観光客はだいたい20人くらいなのだけど、その殆どが僕らのような2〜3人のグループで構成されている。ここでグループごとにそれぞれの家に引き取られていく。情報ノートにも書いてあったけど、一人でインディヘナの家にステイは相当厳しい。食事も一人。咳をしても一人。それはさみしい。グループでほんとよかったよかった。
遅い昼食。予想していたよりは旨かった。といってもいたって質素。芋。
アマンタニ島は住民が千人くらいいるかなり大きい島なのですが、夕焼けをみるためにその島の頂上に登らされる。3800mの湖面からさらに400mくらいは上ったんだろうか。死ぬよ。しかも途中にサッカーグラウンドがあるしかも観客席つき。調子に乗って地元の子供とサッカーしたら死ぬよ。夕焼けはとてもきれい。

●夜、ダンスパーティー。なんかポンチョ着させられて公民館の様なホールに連れて行かれた。踊らされる。で、この踊りというのが、もう走って回りつづけるのみ。ただひたすらにまわるのです。凄く嫌だった。

投稿者 ta : 19:11

2004年11月14日 (日)

プーノ

●朝5時プーノ着。ああ臭かった。といってもかなり寝た。

プーノ

バスを乗り継いでそのままラ・パスに向かうというBさんと別れて町へ向かう。宿決定。日本人情報ノートがあるというマンコ・カパック・インというところに決める。なんて変な名前だろうマンコ・カパック。「地球の歩き方」によると、インカ帝国の王様の名前らしい。もうちょっとましな名前を付けようとは思わなかったのかカパック。
インターネットはなくてもいいけど、情報ノートなしでは寂しい身体になりました。結局情報づけ。とりあえず寝る。
昼過ぎに起きて町を散策。リマやクスコで聞いた話によるとここ最近のプーノは結構あぶないらしい。首締め強盗多発らしい。そんなこといってもこればっかりは運なのでどうしようもない。なるべく気をつける。日曜だったので町の片隅には市がたっていた。海賊版DVD一枚50円くらいで売ってる。買おうかどうか迷うのだけど、売ってる奴がひげをそってなかったのでやめる。

●プーノにはチチカカ湖という湖がある。海抜3800mに位置するチチカカ湖は汽船が運航する湖の中では世界最高高度にあるらしい、と歩き方に書いてあったのでそう書いてみる。明日から一泊二日でチチカカ湖に浮かぶ島を訪れるツアーに行く。

●同じ宿のMさん、Hさんと一緒にチキン食べに行く。この店がうまい!と情報ノートに書いてあった。なんて便利なんだ情報ノート。まだまだネットには載っていない情報がたくさん。1、1/2、1/4、1/8という表記のその店はメニューがそれしかない。とりあえず1/4を頼んだら凄い量だった。チキンの1/4ということなのは分かったけど、1とかって注文する奴いるんだろうか。さすがに切り身じゃないチキンは頬張れない。うまい。やすい。130円くらい。

投稿者 ta : 20:49

2004年11月13日 (土)

メルカド

●今夜の夜行でプーノに向かう予定なので、昼間ゆっくりクスコ散策。中南米のほとんどの町にはメルカドと呼ばれる市場があるのだけど、そこがすこぶる面白い。ベーシックなものはフレッシュジュース屋さんから屋台、肉、野菜などの店なのだけど中にはよく分からないものまで売っている。サボテンとか。

●それで今日も見つけてしまったマネキン。かなりスーツを着こなしております。今日は髪の毛があります。笑っております。

マネキン

●夜、3sol飯を食べた後、同じくプーノへ夜行で向かう3人とともにバス・ターミナルへ。移動の時とか一緒に居る人がいるって心強い。首締め強盗、置き引きとかが怖いのはもちろんだが、なによりもトイレに行くときに荷物全部持って行かなくてもいいのが嬉しい。なんて身軽なトイレだろう。
海抜3300mのクスコから3800mのプーノに向かう夜行バス。これはかなり寒いだろうと覚悟して乗ったものの、席が中程だったこともあり寒さはそれほどでもなかった。でも臭かった。Bさん曰く、インディヘナは風呂に入らないらしい。僕の座席のすぐ通路ではそのインディヘナの子供が毛布を広げて力一杯ねている。その前をハイハイしている赤ん坊。親は一体何やってんだ。面白い。
Bus

投稿者 ta : 20:37

2004年11月12日 (金)

●早朝の列車にのってオリャンタイまで戻る。そこからバスでクスコへ。朝10時前にはクスコ到着。

●1日まったり。それにしても鼻が痛い。
マチュピチュで昼寝をしていたら気が付いた頃には太陽が顔を出していて僕の顔は見事に焼けてた。しかも横向きに寝ていたもので片側だけ赤い。ていうか、鼻とか水ぶくれ。いたい。でもそのお昼寝のおかげでマチュピチュに着いた頃には風邪気味だったのもすっかり回復。宇宙パワーっていうらしいっすよ、こういうの。

●ペンシオン八幡には漫画がたくさんある。「火の鳥」読破。手塚まこと、マチュピチュより凄い。まこともマチュピチュにいって鼻があんなになったのだろうか。

投稿者 ta : 20:40

2004年11月11日 (木)

マチュピチュ

machu picchu

わーん!

投稿者 ta : 20:38

2004年11月10日 (水)

隣のアメリカン

●いよいよマチュピチュに向かう。
なんといってもマチュピチュは、「セントラルパークでローラースケートパーク聴きながらローラーブレードする」に次ぐこの旅行のメインイベントなので、ドキドキなのです。といっても、今日すぐにマチュピチュ拝める訳ではなく、麓のアグアス・カリエンテという町まで行く。まずローカルバスで移動。クスコ→ウルバンバ→オリャンタイタンボ。計4sol。で、そこで遺跡みたりする。ペルー初遺跡に感動。眺めがいい。

オリャンタイタンボ

同じ宿に泊まっているYさんに会った一緒に御飯。Yさんはスペイン語がいける。中米でホームステイしてスペイン語ならったあと、陸路で南下してきた組(組というほど、こういうルートの人が多いのに驚いた)なのです。いいな。
オリャンタイからアグアスまでは道路がないので、電車で移動。バックパッカークラス$12。となりに座ったアメリカ人のおやじがとにかくうるさい。4人がけで前はノルウェー人夫妻だったのだけど、彼らや僕に向かってとにかく話す。「なんとかなんとか、ありがと。。うわっはっはー」彼の意としては、サンキューをノルウェー語と日本語で言えたことに対する自賛なんだかの笑いだったのかもしれない。アメリカ人ってやっぱり格好いいな、と羨望の眼差しのおれ。視線の先にはハーレーダビッドソンのキャップ。

●夜、アグアス到着。
10solの宿だったのだけど、ホットシャワーが素晴らしい。今回の旅行で初めてホットといえるシャワー浴びて大満足。明日は早起きなのですぐに寝る。

投稿者 ta : 20:28

2004年11月 9日 (火)

クスコ散策

●高山病予防もかねて、終日ダラダラ。ゆっくりゆっくり街を歩く。それでも息がすぐにきれる。
ここでもやはりまたマネキンを発見した。そしてまた笑っている。

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●クスコではペンシオン八幡という日本人宿に宿泊中。僕のような海バックパッカー(丘サーファーの意)ではないなんか凄い人たちが沢山いる。もう70歳くらいだと思われるおじいさんも一人で旅行されていたりして感動する。とても居心地がいいところです。そして日本人宿には情報ノートがある。ここクスコ、ペルーを中心とした南米の宿、よいところ、うまいもの情報が載っている。地球の歩き方には載ってない情報もりだくさん。ネットカフェで日本語IMをダウンロードする方法から、アマゾンでシャーマンとアワヤスカ・セレモニー情報まで。で、みんな分かりやすくノートをまとめるもんだなあ、と感心。とても分かりやすい。今までの旅行では日本人宿とか気にして泊まっていなかったので、そんな素敵なノートの存在を全然知らなかった。いやー便利。

投稿者 ta : 20:14

2004年11月 8日 (月)

クスコ着

●夜が明けてからの景色は素晴らしかった。もうやたら高い。

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●夕方、クスコ着。直行とかいっていたくせに、なぜかナスカ経由とかなんだかんだで22時間くらいかかった。トイレついてないし。でも南米まで来て粗相したくはないのでぐっと我慢。あらゆる意味でつらかった。高山病とかそういう問題の前に既におしりが痛くてしょうがない。で、やっぱりすぐ息きれるし。荷物背負って階段のぼるとそれだけで既に駄目。もう駄目。さすが3300m。ここで暮らして今からオリンピック選手を目指すのも一つの手だな、とタバコ一服。タバコはNYCが馬鹿高すぎたのもあり、ペルーは安くていい。ぼられてるのだろうけど、それでもマルボロ一箱4sol($1.3くらい?)。

●それにしてもクスコに来ました。高校時代にBの家で読んだ漫画(タイトル忘れた)がクスコ、インカが舞台で、それ以来もうずっと来てみたかったのです。

●高山病が怖いので今日明日はゆっくりする予定。ジャニスのウェブ更新もしないと。

投稿者 ta : 20:41

2004年11月 7日 (日)

バス

●クスコ行きの20時間バスの旅。
10:00am発なのでそれに合わせて9時ころにバスターミナルへ。すると昨日チケットを買ったおばちゃんが寄ってきて、
「10時の便、ないよ。17時のしかない。」
とかいうような意味のことを言っている気がする。
理由がわからないので辞書を出して、ひいてもらう。
すると彼女が指さす単語の意味は、
「台無しになった」
なんで台無し?
荷物いっぱい抱えて、いまから8時間もどうしろっていうのさ?!
といわけでネットカフェにやってきました。ごり押しマイPC接続。結構ゴリ押しできるもんだ。

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投稿者 ta : 20:35

2004年11月 6日 (土)

リマ散策

●一夜明けて明るくなると、昨日あった日本人の人はそんなに黒くなかった。どうやら昨日は暗がりだったようです。これは失敬いたしました。

●街を散策。
とりあえず大忙しの日程なので早速クスコ行きのチケットを買いにバスターミナルへ。英語はまったく通じない。数字すら通じないので、辞書片手に50ソル($14くらい?)で明日のクスコ行きのバスチケットゲット。
昼間の明るさのしたでは、みんな言い奴に見える。

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マネキンって笑っているものだっただろうか。
マネキン率が異常に高いリマ市内。

投稿者 ta : 20:26

2004年11月 5日 (金)

南米きた

●さきほどリマ、ペルーについた。
最初に入ったネットカフェにとりあえず日本語IM入っていてラッキー。

●宿で一緒になった日本人の人に聞くところによると、僕の旅行のスケジュールはかなり無理があるらしい。そうなのか。でもその人はもう真っ黒で何人からすらわからないような感じ。そんな人がいうことなので信用せざるえない。かなり駆け足になりそうです。

●もう夜なので街の様子はよく分かんないけど、なんかよさそう。だってすれ違う人がみんな悪党にみえてしょうがない。

投稿者 ta : 23:40

2004年11月 4日 (木)

Nibroll@kitchen

●昼間、パッキング。もうまったく準備できない。もってきたはいいが、持ち歩くのが本当におっくうなDVを南米に持っていこうかどうかまよう。NYCに来てから3週間。全然撮っていないしなあ。持っていってもなあ。。。ということで持っていくことにする。ああ。本当こんなことしてるから荷物増えてしょうがない。
そうそう。旅行の時のこんなの撮ったっていつ見直すんだ?というようなダラ撮りがいつの日か役に立つ、ということがこの間の夏に分かったので頑張ってダラ撮ってくる。

●夜、W、H、HBとKitchenというところにアメリカ公演をしているNibrollを観に行く。ダムタイプみたいなのを勝手に想像していたんだけど、全然ちがった。正直、映像と音楽がいるのかどうかよく分かんない。踊りの構成というか、タイミングを入念に計った大人数で構成されたステージや個人の踊りはとても素晴らしい。もう感動。でもやたら派手な音楽や映像がやたら俗っぽい感じがしてしまったのは僕だけでしょうか。俗っぽいのが悪いわけではないんだけど、にしてもブレイクビーツみたいなのにはさすがにちょっと退いてしまった。体を動かすって素晴らしい。

●Mちゃん交えてモロッコ料理。やっぱりあんまりクスクスは好きじゃないかも。

投稿者 ta : 22:36

2004年11月 3日 (水)

中村としまる@ABC No Rio

●夜、Wとライブに行く。
「Ursula Sherrer, Gene Coleman, Toshimaru Nakamura, Masahiko Okura, and Sean Meehan at ABC No Rio, New York, U.S.」というのだけどこの中で名前がわかるのは中村としまるだけ。ロウアーイーストにあるライブハウスは普通に子供の泣き声とかも聞こえてくるようなアパートの一室をぶち抜いただけのような雑然とした感じがただよっている。高円寺無力無善寺をオシャレにしたらこうなるかもしれない。
掃除機のチューブとかを繋げた変形サックスを使って循環呼吸で演奏していたMasahiko Okuraさんという人が凄かった。

オフサイトでやってるような音楽をこちらで聞けて面白かった。やっぱりこちらの客の反応の良さに驚いた。拍手喝采。

●その後、Mちゃん、Wの友達達と御飯。

●で、帰り道の出来事。
夜中の3時に、もう殆ど誰も乗っていないような地下鉄に揺られていると、サッカーボールを抱えた長髪の青年が乗ってきた。日本人ぽい。もっと言えば、どこかで観たことある顔だ。A君でした。渋谷H(以下sH)やKちゃんの中学校の同級生のA君でした。もうびっくり。4年前にNYに来たときに、一晩だけ一緒に遊んだA君でした。
「A君?」
と声をかけると怪訝そうな顔で振り返る。
「え?誰?」
「ほら、渋谷Hの…」
「……あーっ!」
どうもどうも。名前忘れられてたけど。武山ですっ!
で、僕が降りる駅に着くまでの数分間だけ話をする。するとA君が今行っている大学が、今僕がお世話になっている岐阜H(以下:gH)と一緒ということもまた判明する。なんだかとても嬉しくちょっと泣きそうになる。

●ホクホクしながら帰る。帰宅して唖然。
すっかり忘れていた。今日の帰り道、人に激突されて落としたiPodの液晶が壊れたんだった。もう曲名もなにもわからない。ただ再生だけができる。なんだかとても悲しくちょっと泣きそうになる。
でもiPod落とさなかったら、A君とも再会しなかった。
なんていうと、韓国ブームに乗ってる丘サーファーかと思われかねない。
iPodと引き替えにA君との再会を手にした。
なんていうと関西の商売人みたいで何だかイヤラシイ。
ではなく、
意外に高いよA君。

投稿者 ta : 23:25

2004年11月 2日 (火)

サンキュー

●夜、ダウンタウン・デモクラシーの会にいってみたり、Deerhoofのライブに行ってみたりしたかったけど、どれもかなわず。

●終日、家。なんだかんだ作業。
その合間に、今現在僕がお世話になっているHについて考えた。

●Hと一緒にいる時間が長い。彼の家に滞在させてもらっているのだから当然だ。
別に不満な訳ではない。
Hの家に滞在させてもらってる身分のくせにこれが不満だったらどうしよう。出てってくれって言ってみるか。意味をわかってもらえるだろうか。滞在させてやっている奴がいきなり言い出す。
「悪いんだけど。出てってくれない。」
もうケリーも負けたし、僕もそれくらい言ってしまっても誰も怒らないじゃないか。僕を怒ってる暇があるならもっと他にもいろいろあるだろ、というのはかなり危険な考え方だろうとは思うのですが、いかんせん平和ボケしてるマンハッタンではどうにもこうにもしょうがないのです。なんて言っているわりには不満だなんてそんなものはさらさらなく、実のところなかなかうまくやれるもんだと我ながら感心しているところなのです。他の多くの人がそうであるように、全く人とうまくやれないという引け目を感じてこれまでを過ごしてきたようなものなので、人と一緒に3週間ほど過ごしているのがもう本当に不思議だ。ここがサンフランシスコならHと結婚してるかもしれない。そしてそんな考えが僕の脳裏によぎるのもきっとそれはただの偶然ではない。もうこちらではゲイにもてもてのHなのに実際のところゲイになっていないというのは、やっぱり僕を初めての相手と決めているからなのだろうか。いやそのお誘いは本当に嬉しいけれど。無理。むりむりむり。

絶対やだ。

泊めていてくれてありがとう。

投稿者 ta : 21:58

2004年11月 1日 (月)

Early Hiroshi

●昼間、ブルックリン散策。
夏の南米に行くのにTシャツがないのは困る。Salvation ArmyでTシャツとか購入。3.99ドルでバーバリーのシャツ。バッタ物だろうか。だったらなおさら嬉しいよ!

●夜、Mさん、Rさん、Hと待ち合わせてNYUで教えているSさんの家へ。Wの家やMさんの家から近い。なんだかみんな家が近くていい。この間、永福町に引っ越してくるはずだったMさんは何故か祐天寺だし。
Sさんの過去の作品を見せてもらう。何故かその中にニューズウィークの記事が入っている。9.11の時に襲ってくる粉塵から逃げている人々。その中にSさんもいた。彼もまた逃げていた。「Early Hiroshi」という彼の初期作品群は、セルフポートレートのコラージュが主体。冷笑的なナルシシズムの構成の上に成っている。それにしてもいいタイトルだわ「Early Hiroshi」。ニューズウィークの記事がスクラップしてあるのも納得。

●その後、Sさんの知り合いの方々も交えて居酒屋ケンカへ。
Tさん、Aさん。はじめまして。はじめましての人が多くてどうにも覚えきらん。営業が商売の人とかはいったいどうやって覚えているのだろう、とふと思う。覚えていないのか。覚えていないにも関わらず如何に覚えているように話すかが営業の手腕なのか。お酒が安い。そんな営業だったらこっちからごめんだね。そうやってごめんされた人が明大前の漫画喫茶で昼間から寝ているのだろうか。俺も眠たい。営業に関わらず、観てもいない映画をついつい話の流れで「ああ」とか言っちゃう事がよくある。すんごい駄目だなあ、と落ち込むのだけど、そこで駄目と思わない潔さがまた必要なのです。きっと。そうです。大人はそうなのです。大人は汚いよ。とか言うと、また「パンクス?」って言われそうなので止める。本当はそこで観ていないものは観ていないという潔さが必要なのです。潔くてたまるかってんだよ。結論。人との出会いが旅だから借金してでも出かけよう。

投稿者 ta : 21:36

2004年10月の写真

10月の写真アップ。数が異常に多くなった。

投稿者 ta : 20:27